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2009年 09月 08日
![]() ところで、オランダにもご隠居さんがいます。 うちの近所の自慢のご隠居さんは、うちの隣の隣の棟の一階に住み、 いつもきっちりアイロンのかかったシャツを着ている。 体の具合の良くない奥さんと二人暮らしの彼は、家の前の花壇をいつも整備し、 いつでもニコニコ近所の人と会話を交わす。 「おりゃ?君は英語喋れたのか?」 今まで片言のオランダ語でしか会話をしたことのない彼が発した今日のひとことでした。 ここ最近、10月下旬並みに寒いアムスに、一瞬夏が戻って来た今日、 スーパーの帰りに、家の前で車を洗車中の彼と一時ご近所様付き合い。 1年半前に越して来た、日本人の私の片言オランダ語にも嫌な顔せず ゆっくり付き合ってくれる。 そんな彼と、ようやくいろいろな話が出来たのは、今日で、 私が英語を喋れると分かったからだった。 様々なことを話したあげく、日本人だとかオランダ人とかいうカテゴリについてになって、 「赤ちゃんはね、お母さんに『私はどこで生まれたの?(何人なの?』て聞かないでしょ? だからね、みんな同じなんだよ」と言い出した。 「そして年寄りもね、みんな同じになるんだよ」と。 「僕が、みんなを受入れているから、みんな僕に話しかけるんだよ」とも。 結局は、自分が何か知る為に区別したりカテゴリー分けをするのだと。 子供はそんな必要がないし、年を取ると、違いも全て受入れられるようになるのだと。 「僕が、みんなを受入れているから、みんな僕に話しかけるんだよ」 だから、私も言葉もろくに話せないのに、彼に話しかけてたのかあ。とひざを打つ。 「これからはまた毎回オランダ語で話すからね。分かんなかったらゆっくりとオランダ語で話すから」と、 ご隠居さんは約束してくれた。 うちの近所の自慢のご隠居さんです。 注)写真は私愛用の食器洗剤。最近ニューモデルになりました。 2009年 09月 04日
日本ではいろいろ話題の白い粉ですが、
こちとら至ってクウネル的なほのぼの話題です。 最近ディスカバーしてはまっているのが 「タピオカスターチ」料理! コレとかコレとか作りました! ![]() ポンデケージョ! ![]() わらび餅! うまい! 天才! 2009年 09月 04日
![]() 最近友達にパソコンデスクを譲り受けて、 普段「ゲストルーム」兼「物置」兼「昼寝部屋」の一室に、 物書きコーナーを作った。 コレがなんともいいのだ。 その部屋を、完全にカスタマイズして自分の部屋にする気持ちは さらさらなくて、ただ単に簡素な物書き(パソコン)コーナーがあるのがいいのだ。 コレがなんともいいのだ。 もともと、自分の匂いがしすぎない空間の方がホッとする質なのだろう。 思い出すのは12年前の夏、アメリカで6週間のダンスサマースクールに参加した時のことだ。 初海外、英語力はB4くらい?(今はすくなくともBの文字が取れて、地上3階くらいではありたいですよ) 6週間過ごすのは、夏期休暇中の大学の学生寮だった。 一人部屋を希望したので、部屋には2つのベッドとカストと机があった。 そこに、持って来たスーツケースの中身と、後は近所のショッピングモールで買い物した物なんか を並べて行く。至って簡素な部屋で6週間を過ごした。 ところが、ある日同じ寮内のアメリカ人の友達の部屋に招待されると愕然としたのだ! 壁には、家から持参したという家族友達の写真が飾られ、お気に入りのぬいぐるみやら何やら、 スッカリカスタマイズされた同じ間取りの部屋があったのだ。 どんな場所でも、「at home」な場所に変えようとするタイプの人たちがいる。 私はどちらかというと、ニュートラルな場所に、ほんのちょっと個人的な物がおかれているぐらいの、 他人行儀な場所の方が落ち着く気がする。いつでもゼロに戻せる場所。 飾り立てる労力以上に、ゼロに戻す感傷を想像して躊躇するのだ。 家の中に、特に自室はいらないなあと思う。 風通しはよくて、でもいつでも自分の世界に集中できる「コーナー」。 手に入れましたー!! 2009年 08月 22日
バルカンの話題も沸騰中ですが、
今日はとてもとても嬉しい再会がありました。 みんなのバケーションが終わり、そろそろニューシーズンスタートの企画で いっぱいのアムステルダム。今週はgrachten festivalが開催中。 私も日々お世話になっている、幼稚園への出前パフォーマンス団体MEMOのお仕事で、 アムステルダムNoordの小さな公園でのパフォーマンスに参加して来た。 公園内のスポットで、1回やればいいだけなので、気楽感も漂いつつ、 続々とやって来るちびっ子ゲストを迎える。 そこにものすごーく懐かしい顔が! お母さんと一緒に来たのはイアンテ! Wonderland の創世記、本当に常連の様に来てくれて、1年以上前にバルセロナに お父さんの都合で行く際は、手書きの馬の絵を、「真喜子に本物の馬を教えたい」と くれたあのイアンテ! こことこことここ! (なんと3回もアカプログに登場していたとは!) すっかり女の子になって、バルセロナでは英語の学校にも通っているとのことで、 英語で会話が出来る様になっていた。 お母さんが、 「もう!この子がこのイベントじゃなくてWonderland 行きたい行きたいっていうんだけど 夏はないじゃない?で、説得して連れて来たんだけど、あなたがいるじゃない!!」 と。 なんと嬉しい再会ではないか!!!!! 過去の記事を見て頂ければ分かる様に、誰がなんといってもイアンテはWonderland史上最初の 常連で、マキコファンクラブの永遠の名誉会員1号ですから! バルセロナにほぼ移住の決まった彼女たち、 なかなかWonderlandを見て頂ける機会が減ったけど、 ぜひぜひいつかまた見てほしいな。 子供の成長は早いからぜひ今シーズン中に。 今日の再会で、世の中に神様はいるって分かったし、 突然の素敵なプレゼントは届いちゃったりするんだと思った。 イアンテ。勝手に会員番号1番贈ります! 2年前のイアンテ。馬の面を被った私にこわごわ近づくの巻。 ![]() 2009年 08月 18日
![]() これ全部ゴミです。 Tiranaの街を歩き回ったって、ほとほと疲れた時に見下ろした橋の下。 綺麗すぎる。 キラキラすぎる。 これ全部ゴミです。 ![]() 2009年 08月 16日
![]() アルバニア、ギロカストロで毎日食べていたのは、 近くの商店で買う15円程度のアイスバー。 その名も「So Cool」。 ミルク味とチョコ味とイチゴ味と何だかミドリ味があって、安っぽい袋に入っている。 いやあ、これが何故か美味しくって、はまった。 アルバニアに行く時に、決まってヨーロピアンの友達には、 「なんで?アルバニア(なんかに)行くの?」という顔をされたものだが、 そのとき苦し紛れに言ったのが、 「いやああそこは30年くらい前のヨーロッパじゃないかなあと思って」。 そういうと、何となく納得して頂けた物だ。 まさにこのSo Coolも、「昔の味」がするアイスだった。 アイスクリームとかじゃなくて、ラクトアイスか氷菓レベルの。 私の中ではどんぴしゃで、昔よく食べた「チューリップ型のアイス」の味だったんだけど。 これです(イトー画伯)。 ![]() 美味しかったなー。 また食べたいなー。 ちくしょー写真も撮り忘れたなー。 まーいっかー、全ては思い出の味ということで。 So Cool!! ![]() 2009年 08月 11日
![]() スコピエ→ベオグラード間の移動は、電車。 1週間前に逆ルートを夜行で移動した時は普通に出発が2時間遅れ、 到着が4時間遅れたそういう電車だ。 基本こちらの電車やバスは払い下げ車が多いのか、車両のクオリティーや古さは あくまでもバラバラであり、今回の電車は意外と新しく、なんと冷房まで効いている。 たとえ何事もなく進んだとしても10時間の列車の旅だ。読破した1Q84をまた 最初から読むと言う、究極の時間つぶし作戦に入る。 そんな私の耳に入って来たのは、斜め前に座るイギリス人親子の、 普通の会話以上のボリュームで届く不思議な会話だった。 初め二人はそれぞれ別の座席に座っていたので、同行者だと気づかなかった。 しかしどうやら、父(推定70代)息子(推定40代)の二人旅のようだった。 しばらくすると、息子の方は神経質そうだとか(トイレにお徳用お尻ふきを持参)、 お父さんはどうやら少々痴呆がはじまっているようだとか事情が分かって来る。 「ベオグラードには何時に着くんだ?」 「何か変な音がする、あれは何だ?」 繰り返されるのは父親からの2つの質問だった。 息子は全てにイライラし、そしてどこかで何かを諦めている。 それが彼が父と旅をする際にたどり着いた、「方法」だった。 あまりにも到着時間を気にする理由は、どうやらベオグラードで乗り継いで、 クロアチアのザグレブに行きたいからであるようだった。 コンダクターが通る度に、「何時につくんだ」と質問しては、 「分からないよ」と言われる。その繰り返し。 まあ「分からないよ」と答えるコンダクターもコンダクターだが、 実際この国の電車は、時刻表があってない様な物。 国境越えもあるし、「分からない」というのは精一杯誠実な返答だった。 そして、夕方6時半、電車はNisという駅に到着。そこでは珍しくしばらく停車していた。 すると、駅のホームの時計を見た父親の方が 「あれ?いったい今は6時半なのか?7時半なのか?」と騒ぎ始めた。 まずは息子に聞き、そしてその後も周りの若者に聞いて回る。 どうやら、しばらく前の駅のホームの時計が同じく6時半だったらしいのだ。 ひとしきり周りに確認した父親はまた息子に聞く。 「おい、6時半じゃないか!」 「ああ、ここでは時は後ろ向きに進んでいるんだよ」 会話終了。。。。。。 ふ、深い!深すぎる! さて、その5時間後、電車は無事にベオグラードに着いた。 親子は翌朝5時の電車でザグレブに行ったのだろうか? その後彼らの時計は前向きに進んでいるのだろうか? ![]() 2009年 08月 11日
![]() 13:11発のベオグラード行き電車を、スコピエ駅1番ホームで待っていた。 午前中に頭痛が始まり、珍しくのむことにしたバファリンがちょうど効いて来た頃、 あまりにも馴れ馴れしく、そしてあまりにも発音のいい英語で話しかけて来る女の子がいた。 「ハーイ!元気?」から始まって、 3分も経たない間に、彼女の両親、妹、祖母の名前、彼女の大好物まで知ってしまった。 ちなみに、彼女の名はガビ、7歳。 妹は、ヴィッキー5歳。 父、トム。母、ジュリア。祖母(母方)、ババルーバ。 大好物は、ジェリークッキー。 そしてこちらも質問攻めに会う。名前、おばあちゃんの名前、そして質問がなくなると、 「マヨネーズは好きか?」という、それを知ってどうするのか?という質問まで。 しかも、会話中にも周りを通る人みんなに「ハアーイ!」と声がけを忘れない。 まさにセルビアのよつば発見です。 しばらくすると、「おお、英語でしゃべっているのか?」という、またまた久々の流暢な英語が。 どうやら売店に買い物に行ってた、ガビの両親と妹らしいことが判明。 「あ、あなたがトムで、あなたがジュリア?」というと、 一瞬びっくりした顔をして、「ああ、ガビか。なんでも喋っちゃうんだよね〜」と。 カナダに住んでいる為、9年ぶりに帰国したというご家族だった。 いろいろな意味で世界は近くなったけど、まだまだ時間がかかる所もある。 ガビみたいな子供なら乗り越えられる距離もあるかもしれない。 出会った人の名前を知って、 誰かにジェリークッキーを好きなことを伝え、 誰かがマヨネーズが苦手なことを知るのは、 ささやかすぎるにしても、「毎日世界が広がっている」ことなのかもしれない。 ![]() 2009年 08月 10日
![]() 旅で会うのは、 ローカルの人。交通機関の人。そして同じく旅人の人。 特に、まだまだ情報の乏しい国の旅人たちは、お互いに交わす情報で助け合う。 今回もドイツ人のマッセルくんには助けられた。 山道バスに7時間以上揺られてヘトヘトでたどり着いた、Tiranaで、荷物を おろすと、早速翌日の朝のバスの予約に走る。 たよりの情報は、「朝9時に出るバス」という情報。 しかし、何故か尋ねる人がみな口を揃えて、 「バスは7時。夕方7時一便よ。」と。 ということは、帰りの飛行機の都合も考えると、今日の宿をキャンセルして、 夜行バスに乗る?あるいは明日の夜行に乗る? あるいは、飛行機を急遽とるの?あああああーもうわっかんない! 正直どうしたらいいのか分からないまま、すごすご宿に帰り、 「あのーすまんがー、どうやら今夜は泊まられへんみたいでのー。 すまんのー。キャンセルできるかのー」と話し始めた。 対応してくれたのは、11歳の長男。英語が出来るため夏休みの昼間は 客人の対応を一気に引き受ける強者だ。 しかしそこで、ちょうど受付に居たドイツ人のマッセル君が、 「どこ行くの?ちょうど僕もバス会社に行く所で、そこには多分あるはずだけど」と。 手持ちのlonely planetで、いろいろ確認をしてくれた。 結局はその彼のおかげで、翌日朝のバスが無事に取れ、 彼の夜行バスまでの間、コーヒーをお礼におごらせてもらいながらお互いの 話をした。 「明日は、夜行列車でベオグラードに行くのですよ」と話始めた所、 トルコで2年間学びに行く為の移動中と言う彼は、つい先日夜行列車で、 マック、デジカメ、ハードディスク全て盗まれたと言うではないか! しかも、居合わせた人がほとんど盗まれていて、しかも眠ったのはたった 1時間ほどで。どう考えても催眠ガスを使ったプロの仕業だと、そして コンダクターもグルの仕業だと。 。。。。。。。。。。。あのー。怖いんですけど。 話には後日談があって、彼の友人がある日、スカイプ上に盗まれたはずの彼の ドメインでスカイプインしているのを見つけた。「おかしい!」と思って、 チャットすると、それはその盗品を買ったと言うクロアチア在住の男性で、 「500ユーロでストレンジャーから買った。もし買い戻したかったら500ユーロでどう?」との事! 嘘の様な本当の話。 そして結局、夜行列車に乗るのは止めて、昼間の列車にしましたよ。 ええ、チキンですから。 ![]() 2009年 08月 09日
![]() 3日間滞在したギロカストロ(アルバニア)を後にして、アルバニア首都のティラナに またバスで戻る。 アルバニアには「バスステーション」がないそうで、大きめの道ばたに立っていると、 多くのバスが前方に行き先の書いたカードを載せて通りかかるので、めざとく目当てのバスを 見つけて、乗せてもらうしかない。 「Tirana」表記のバスを待つ間にも太陽はどんどん強さを増し、既にスッカリ日焼けした35歳の 肌にまた容赦なく差し込む。 そこに「Vlore」という行き先のミニバンが止まって、イケメンドライバーが声をかけて来た。 「どこまで行くの?」「ティラナ」 「…、Vloreまで僕のバスで行って、乗り継がない?」「え?」 どうやら、あるジャンクションまではそのミニバンで行き、その地点には いろいろな地域からのTirana行きバスが合流するので、結局一番効率が良さそうだということだ。 値段も一緒だと言うし、英語の通じるイケメンドライバーだしと、乗ることにした。 しばらくの間はバンも満員で、山道を大型バスに比べ速いスピードでガンガン進む。 そのうち乗客は降りて行き、私たちと親子連れ、友人の結婚式行きの為の男性になった頃から、 彼の弾丸トークが始まった。 27歳。大学で法律を勉強中。 子どもの頃は、共産政権まっただ中で、両親の勤務先の工場の義務として、 ガスマスクをつけて、武器トンネルの掃除とかしたこともあるそうだ。 基本は多くのアルバニア人と同じく、まだまだ綺麗な目でアルバニアの未来を、 「憂う」よりも「望んで」いる。 バスは山道をガンガン飛ばし、後ろの子供は完全なる車酔いで、 ゲロゲロはいている中、 「日本かあ、行きたいけど、地震が恐いなあ」 「…このバスの揺れからすれば、慣れたもんじゃない?」 「あ、そうか。アハハハ」 彼の笑顔はどこまでも明るい。 ジャンクションについて、バンを降りると、 「気をつけて、良い旅を! そして(旅に)アルバニアを選んでくれてありがとう!」 綺麗な言葉だ。 アルバニアの人々は、外から来る人に「オラが街」を気に入ってほしい。 オラは国の代表としてあっているんだ。という気概に満ちている。 それは鎖国が終わってまだ10年という、国としての若さや貧しさなのかもしれないけど、 でもなんとキラキラしていることか。 イケメンは、最後にもっと素敵に輝いてミニバンに乗って去って行った。 ![]()
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