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アムスに来て、
「思ったよりお金使わないなあ~」の理由の第一番が、
もしかしたら本を買わないこと。かも知れない。
バイト先の隣が地下あり・9階建てのジュンク堂だった東京時代は
その日のバイト代より高い本代を払っていた日もあった。
正直、専門的な本や・ちょっとニューウエイブな本は取り寄せないと
手に入らない(アマゾンのない時代)田舎から来た私にとっては、
一生かかっても読みきれない量の本が並ぶ都会の本屋は、
ただただすごかった。

田舎にいるときは、「ここだけが世界に繋がっている」と思っていた本屋は、
この間帰省したら、大手チェーンの本屋が出来た事もあって、なんとも
小さく思えた。

そう。最近本を買いません。
っていうか買えません。
それは本好きとしては寂しい反面、意外にどうでもいい本を今まで
買っていたことに気づいたりして。

今はその分時間があって、ぼ~っと考える時間に当てている。
考えている事はけっこうどうでもいいことでもあるんだけど。
本が手に入ったときは、自分で考える代わりに、本に考えてもらっていた
というか、人の考えを読むことで、自分が考えている気になっていた気がする。

それでも読みたいものです。
日本語読むの好きだわ。

母がたまに送ってくれる、不思議なセレクションの本とかも大変ありがたい。

雑記:
さっきmixiのニュースが全部ワールドカップの話題でびっくりした!
日本は盛り上がっているのですねえ~。アムスにいると(っていうか
人間関係上?)全然話題に上ってこない・・・・・・
あ、たまにCMで日本語交じりのワールドカップCMがあるね。
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by aka_pro | 2006-05-31 05:45 | 日々 amsterdam

漂流月間

ふ~
昨日、今まで住んでいた部屋から引越しを終えた。
仮住まい&家具も何も付いている部屋だったので、
あっという間に終わるかと思われた引越しだったが、
やってみたら意外に物が多かった。8ヶ月住むとは
そういうことなんだ~と実感。

とはいえ、今回たどり着いたのは、マイケル宅。
実は5月末までに新居を決めるつもりで大家さんに
「出て行く」発言をしたのに、5月がブループリントが決まって
意外に時間がなくなった為、いまや宿無しだ。
ここに1週間くらい→ケイテイ宅で猫の世話と、マグパイ
メンバーの留守番で、半月以上、広い部屋で一人暮らし。
それはそれはある意味快適。でも落ちつかないったら
この上ない。

昨日C.I.co.の様子を尋ねるため、ちこさんにメールで報告したら、
「苦労を買ってでもするねえ・・・・マゾ?」
って冷たく言われた・・・・・・確かに。

一つ安心したのは、私がケイテイ宅にいる間に、彼女の飼い猫の1匹が
出産するか!と思われていたが、既に出産済み。
私の産婆デビューは持ち越された。
本当に安心した。母猫子猫で3匹いたケイテイの家は、
ボクサーが5匹孫猫を生み、妹猫のブラッキーが1匹殺してしまい・・・・
母猫バターカップは蒸発して帰ってこないんだって・・・・・・
「出産(私生児)」「殺人」「蒸発」ですよ・・・・・・

本当に私一人で留守番しているときじゃなくて良かったです。
そんな事が起こったら、一人で泣いていたと思います。
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by aka_pro | 2006-05-30 15:34 | 日々 amsterdam

か、からだが・・・ Blueprint of a vanished house 3

木曜日にトライアウトから始まった、
「blueprint of a vanished house」公演。
昨日無事に、市民の皆様への開放日も終わり。
昨日は助成金をくれたアムスの芸術助成のお偉方も来て、
初日とまた違った緊張感があった。

正直、もう少しスタッフを増やして、いろいろスムーズに
した方が良かったなあという、マキコ(おばちゃん)的な
反省はあるけれど、概ねスムーズに進んできた。

スムーズに行ってないのは、マキコ(おばちゃん)の体ですよ・・・・
今朝起きたら、

ギシって言った・・・・・・・

場所は底冷えのする、レンガ倉庫。見たことないけど、改装する前の
横浜赤レンガ倉庫とかこんな感じだったのかな?あ、サイズはもう少し
小さいです。3週間もここでリハした割に、体は平気だったのだが、
やっぱり本番って、無理もしちゃうよね。

あ~体用の油(自転車にさすような)が欲しい。
あと、集中力ないときに、脳みそに直接注射するチョコレートとか欲しい。

さて、今日は最終日。どうなるかな?
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by aka_pro | 2006-05-27 17:41 | dance

Rosa Mar!n0va

最近毎日リハ前に、一番ご近所のHEMA(ヘマ)に寄る。
毎回リハで撮った写真を現像に出すのが私の役目。
HEMAは何でもあって、オランダ版無印のちょと安い&カラフル版。
衣類・食品・家庭雑貨・文房具・ガーデニング・OA周辺機などなど。
写真のブースもある。

安いかどうかは分からないけど、とりあえず「当日すぐ欲しい」らしいので
私はHEMAを利用している。
家で選んでCDRに入れて行って、常設の専用機で注文、レシートを
カウンターに持っていくと、写真をくれる。

これがかなり適当で(そこのおばちゃんがかなり適当で)、昨日も、
「はい」と渡された写真は全く別人のもの。
文句を言うと・・・・・・・

「ああ、値段が同じだったからね~はははは」

ええのか!そんな仕事で。

話はその専用機に戻って、CDRやらスティックを入れると、写真を選び、
名前・電話番号を入れる流れになっている。大体2~3人並んでいるのだが、
操作自体は、まあ簡単だ。
昨日は、私の前に二人、そして私の後ろに、スパニッシュ系のド派手な化粧の
女性が並んだ。この女性が落ち着きがなくて、前の人の操作を覗きに行ったり、
オランダ語の話せそうな、私の前の女性に話しかけたり。私は言葉が分からない
から、ほかの人に五月蝿そうにあしらわれている姿より、
「あ~この人急いでるのかなあ?先にやらせてとか言っているのかな?」と
推測しているわけである。

とうとう順番は私の番になった。
彼女の落ち着きのなさは最高潮に達し、
「ねえ、やり方見てていい?(オランダ語)」

そう彼女は、この専用機を前に動揺していたようなのである。

「ええ、どうぞ」
この時点では、まあ一通りの流れを見せてあげればいいかなあと思って、
いつものようにさくさく進める。私は画像も既に選んできているので、
賞味2分でおしまいである。
席を譲ろうとすると、彼女は子犬のような目で、
「行かないで・・・・・・」と訴えている。
本当は急いでいたけど、母犬の気持ちになった私は、
先にレシートを提出し、彼女のアドベンチャーに付き合うことにした。

ひとつひとつ丁寧に。
プレッシャーを与えないように。
まあ彼女も、ゆっくり自分の写真を選んでた。

そして最終段階。名前と電話番号。

マキコ「あ、名前入れるんだよ」
彼女「へ?あ、ローザよ」
マキコ「う~ん、ラストネームかな?」
彼女「あ、分かったわ。マリノヴァね」

彼女は普段多分パソコンとか使わないんだろうな。
キーボードになれないようだった。Mの場所、Aの場所、
私が教えたり、「M、M、M、、、、、、、あ、あったわ(嬉)!」と
自分で見つけたり。
ところが、I(アイ)に関して、彼女が見つけ出すのに戸惑った末、
たどり着いたのは、「!(びっくりマーク)」。

マキコ「ねえ、これは違うんじゃない? I(アイ)ここにあるよ」と
進言するも、
ローザ「うううん。これ(!)でいいのよ。」
と頑な。

まあここに入れる名前なんて大した問題じゃあないので、任せる。
結局彼女の名前は
「MAR!N0(ゼロ)VA」と完成した。

電話番号も、O6-***oo***
ゼロの代わりにO(オー)を入れるから、何度か機械にはじかれる。
一緒に直して、ついに彼女はレシートを手に入れた!

マキコはヘマで、MAR!N0VAにほとんど抱きしめられそうなほどの感謝を受け、
ちょっと幸せな気分になった。

「MAR!N0VA」ってなんかかわいい。
あ、これが日本のギャル文字ですか?

Mak!kQ
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by aka_pro | 2006-05-25 17:48 | 日々 amsterdam

キュキュッと

昨日、少々風邪気味だった。
なんたって寒いんだもん。6月になろうって言うのに、
秋みたいな気候。雨も降るし。

リハは夕方。微妙にだるい体をどうにか踊れるように
立ち上げるんだけど、普段のように「緩める」中心だと駄目みたい。
久々にバーレッスンをしてみる。
こうキュキュッとさせる事が必要だった見たい。
風邪気味のときにゆるめ過ぎると、怪我しやすいしね。

キュキュッとね。
ピリッとともいえる。
シャキンっとも正しい。
シャンッとする。
カッチリする。

芯の部分だけね。全部じゃない。全部すると疲れるもの。
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by aka_pro | 2006-05-24 17:25 | dance

たんこぶ

よく物にぶつかる。
ダンスのときはぶつからないのに、
日常生活は注意力散漫なんだな。
自分の幅とかがよく分かってないんだと思う。

ところが昨日は、ちょっと風邪気味だったからか
リハ中にも思いっきりでこをドアの金具にぶつけた。

マンガみたい。
星が飛んだ。
痛い。

痛いときは英語なんて出てきやしない。

昨日は触るとはっきり凹んでいたデコが、
今朝は少々膨れている。

仕事中にたんこぶを作る、ってどうかと思う。

思えば中学校のときは、吹奏楽部の癖に部活中に
転んで、足首腱鞘炎になった。保健室の先生に、冷たく
「何部?」って聞かれた。

たんこぶの中身はなんでしょう。
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by aka_pro | 2006-05-23 16:42 | 日々 amsterdam

ソフ その③

②のつづき

ソフは、昔小説家になりたかったそうだ。
もう一歩で受賞する手前くらいまで行って、でももちろん
家庭の事情というかまあ才能もそうかもしれない、故郷に戻って
はたらいた。だからソフはどこか、「ここではないどこかに行きたかった」
という空気を背負った人であった。その空気が、田舎の息苦しさから
脱出したかった私には共鳴できたし、特別に響いたんだと思う。

でも頑固者でプライドの高いソフは、どこか他人を緊張させる人だったのでは
ないだろうか。人を頼らない自分で何でも出来るソフは、どこか他人にも
厳しい人であったんだと思う。
子供に対しては特にそうだったんではないだろうか。
それが孫の代になると、ソフも年をとり、また気軽にかわいがれる様になる。
だから私にとっては、プレッシャーとしてくる事はなかったが、息子に対する
威圧感は想像できる。

長男夫婦はどこか頑なにソフをうるさく思っていたように思う。
ソフが畑で作る野菜は、使用を拒否され、全てうちに回ってきた。
ソフの作るスイカが好きだと言った時からは、毎年東京まで大きなスイカが
届けられた。

具体的に何があったかは知らないし、どうやらむしろ具体的に何があったとかでは
ないだけに根が深い。そんな印象を受けた。

それでも私は電話をかけた。
母も母の弟も出来ないことを、事情を理解しない孫だからこそ出来ることとして
電話をかけた。何でお見舞いに行ってくれないのか?いろいろあったかもしれないが
いいじゃないか?そんな理屈のかけらもないような言葉を泣きながら浴びせかけた。
私も疲れていたのかもしれない。

その後、おじは意外にも進んで看病するようになっていった。
週末仕事で訪れる私の役目もあまりないくらいに。長男夫婦は
「世話は家族がするから」というような断固とした姿勢で、ある意味
私を排除した。

その態度の変化に釈然としないものを感じながらも、どこかで少しほっとした自分がいた。
その頃にはソフはもう、誰かの助けを借りねば何も出来なかった。言動が乱れる事のなかった
ソフが、記憶が曖昧になり、人の区別もつかなくなった。
そうなって初めて、おじはソフの世話をするのを楽しんでいるように見えたのだ。

それも愛情なんじゃないかと思った。
おじの愛情。そうなったらもう孫の出る幕はなかった。
それでいい。そう思った。

ソフは死んだ。

未だに、母の実家に行くと、ソフのあける障子の音を思い出す。
そして、やはり私もどこか、自分のやっているダンスをソフに褒めて
貰いたいと思い続けているのだと思う。
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by aka_pro | 2006-05-22 08:10 | 日々 amsterdam

ソフ その②

①のつづき

私にとって、とても大きな存在であったソフであるが、
その親子関係においては、ある意味欠けた所のある人だった。
母が長女で、弟二人。長男がソフと祖母と住み、次男は東京で
働いている。同居の長男とは最後の最後まで打ち解ける事のない
関係だった。

小さい頃は、自分にとっていいおじいちゃんであるソフがどうして
息子やその嫁に大事にされないのか、不思議でしょうがなかった。
でも子供が口に出す事ではないし、自分自身も自分自身のことで
いそがしくなり、日々の中心的な心配事になる事はなかった。

それが、ソフの入院で一変した。
4年前の年末、ソフが肺がんで入院した。
病院には、長女であるうちの母だけが夜とまりで付き添っていた。
いつもの年のように年末ギリギリに帰省した私は、母だけが車で
1時間かけて看病に通っている事態が異常なことに思えた。
同居の息子夫婦が付き添う事はないのだという。体調の悪い祖母に
それを期待することはもちろん無理だ。

ソフは肺がんからかなりの痛みがあり、毎晩モルヒネをうっている。
母の話では、プライドの高い人だから、トイレに行きたくても、うまく
看護婦さんを呼べないのだそうだ。だから誰かが付き添っている必要が
あるのだという。

結局その年の年末年始は、母が昼間、私が夜というシフトを組んだ。
大晦日も病院で過ごした。

そこでまず初めに対峙したのは、ソフの「抵抗」である。
調子の良いときは、まだ私が「マキちゃん」である事が分かる。
でも薬の量が増えるにつれ、記憶のオーダーは曖昧になり、
夜中に突然、彼が退職するときの挨拶が始まる。
そんなソフが、下の世話をする孫に、強烈な抵抗を示した。

ソフはプライドの大変高い人だったと思う。料理でも何でも出来たし、
誰にも頼らずに生きることの出来る人だった。
ソフにとっては、孫は庇護する存在であり、立場が逆転することが
受け入れがたかったのではないだろうか。

正直私も、介護は初体験であったし、私にとってもソフはいつでも私を
庇護する人であった。立場が代わることは、私にとっても現実を突きつけ
られる気がして、胸が痛んだ。
それでも、抵抗をしてもし切れるものではない、ソフと私は少しづつ変化を
受け入れていった。

薬が切れるとかなり痛いようで、さすると少し楽になると聞いて、
夜通しさすり続けた。

年が明け、私は伸ばせるギリギリまで滞在を伸ばしたが、やはり東京に帰らねば
ならなかった。ただ幸運だったのは、その年の1月、地元の美術館で毎週末
ダンスのワークショップと公演の仕事が入っており、週末~月曜日は帰省する
ことが出来た。昼間は働き→夜は病院どまりだった。
食が細くなったソフが、梅干だけは「食べたい」といっていると聞き、毎回
東京にある梅干専門店のようなお店で梅干を買って帰った。

そして、やはりどうしても、何故そこまで、長男夫婦がソフを大事にしてくれないのか
納得が行かないある日、母や父が止めるのをさえぎり、長男に電話をかけた。

つづく
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by aka_pro | 2006-05-22 07:44 | 日々 amsterdam

ソフ その①

この間、「尊敬する人は誰」といわれて、
あんまし考えずに、「ははかたのそふ」と答えた。
答えてちょっとびっくりした。そうかあ~・・・そうかも。
そんな感じ。

「尊敬する」という言葉が正しいかどうかは分からないけど、
自分の中の何かを形成したという意味では、かなり重要な位置に
来る。

4年前になくなった。

ソフは、私が物心ついた頃にはもう「おじいちゃん」で、晴耕雨読の人だった。
小さい頃、夏休みにはほぼ丸々祖父母の住む島に行かされていた私にとっては、
一畑電車にポツンと一人で揺られて松江温泉駅まで着くと、そこにはソフが車で
迎えに来ていた。
島はまるでオランダのように山のない島で、でも建物もないから全くフラットな様相だ。
朝鮮人参と牡丹の花が名物の県外の人からは名前も知られないような小さな島。

小柄な体型で、頑固者で、夏場は必ず晩御飯に小さな鉢でそうめんを食べていた。
「気難しい」方だったのではないかと思うが、孫にとってはいいおじいちゃんである。
家では、仏壇のある小さな自室に本棚いっぱいの本がある。なくなったときにその本棚を
改めて眺めてみると、全くもってものすごいバラエティの本だった。私の好きな作家から
知らない作家まで。遺品として本を貰った。

一緒に畑に行ったり、船に乗ってつりに行ったり、ほとんどは
のんびりと過ごした記憶が占めるが、
彼の言葉は、時にものすごくズシーンと響いた。

まず第一に私の一番小さい頃の記憶は、ソフに抱っこされているときに
「この子は鼻が少し上向いとるなあ」というソフの言葉と周りで母か誰かが
「そげなこといって、女の子なのに」といさめる言葉である。
この記憶が本当に一番最初の記憶かどうかはもちろん不明だけど、
確かに私の鼻は少し上を向いている。
このソフの一言はなぜか忘れられない言葉として残っている。

そして、もう一つが、大学の論文を見せたときだ。卒業の為に論文を書かねば
ならず、どうせ書くなら自分の本当に興味のあることで書こうとして仕上げた論文。
ただし、やはり「ダンス」を文字にしていく作業では、文字に出来ないある意味もっとも
大事な部分を切り捨てていく作業であった。それでも自分なりにまとめた論文を
なぜかソフに見せた。
努力を認めた上でソフは言った。
「この論文からは音楽が感じられないねえ」

ズギュ~ン。である。確かに論文では切り捨てた部分だった。そしてまたその事で
自分が「何か足りない」と思っていた部分であった。ソフはダンスのことなんて
知らないであろうに、まさにど真ん中打ち抜かれた気分になった。

その日以降、この言葉は常に私に付きまとい続けた。
アムスに来て、ようやく最近このときのソフに答える答えが出来た気がするのに
もうソフはいない。

つづく
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by aka_pro | 2006-05-22 07:17 | 日々 amsterdam

ひそかな線引き

自分の中での、日常の行為において、ひそかな線引きがある。
それは、日本人と非日本人に対する線引きである。
もしかしたら、それはある意味人種差別なのかもしれない。
ただし、どっちをどう差別しているのかイマイチ自分にも分からない
「線引き」である。

ブラジャーに関して。

その日に、日本人の人と会う予定のあるときは、一応必ずブラジャーをつける。
予定のないときは、つけないことが多い。
なんだろうねえ~。男性女性問わず。
別に会っても、服脱ぐわけじゃないのにねえ。不思議。

なんだろう。どっちに敬意を表しているのか、イマイチ不明。
一応日本人の人に、気を使っているといえるのかな。
でもこの話を、こちらに住んでいる日本人の女の子(当たり前か)にしてみたら
「なんか分かる」と言ってもらえた。

まず前提として、私がダンス業界にいるので、着替えとかに関する感覚が
多少独特なのは考慮に入れる必要がある気がする。
あと、もっとも大きな前提として、「もともとの大きさが、つけてもつけなくても
あんまし変わらない」ということは大きく関係すると思う。悲しいかな。

中学校のとき、冬場はセーラー服だから、ノーブラで生活してて、
夏服になってもその癖で、ノーブラで登校し、吹奏楽部の朝練で
「は!」と気づき、家に電話しては、普通に登校する弟が、
実態が何かは知らされずに、紙袋に入れたブツを下駄箱に入れてくれてた。
それが一度や二度ではなかった記憶がある。

弟よ。気づいていたかは知らないけれど、本当にその節は助かりました。

宅配ブラジャー。

ブラジャー専門運び屋。

ブラジャーへの考察。
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by aka_pro | 2006-05-21 01:16 | 日々 amsterdam

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